風そよぎ、水は流れる

思う事ありて言葉にし、未来へ
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アースデイに思うこと
今年も「アースデイ」がくる。
 
今やアースデイは多くの人々に共感され、各地で楽しいイベントが催されているが、その発足には、市民運動全国センターの須田春海さん(現在72歳)と、ミュージシャンの山本コータローさん(現在66歳)の存在なくしては語れない。そして、多くの苦労があったことを知ってもらいたいと思い、当時を振り返り、ここに書いてみた。
 
日本で最初に行われたのは1990年4月22日。当時は「エコロジー」という言葉も社会に浸透していなかったが、今やエコロジーはコマーシャルにも使われる時代・・・それはそれでいろいろ思うこともあるけれど、アースデイをはじめた頃の一つの思い「環境問題を多くの人に知ってもらう」という点では、その目標は達成されたのだろう。
 
その第1回アースデイの開催にむけては、ずいぶん苦労した。アメリカのアースデイ呼びかけ人、デニス・ヘイズ氏を須田春海さんが日本に招き、 環境NGOや生協グループに呼びかけ、幾度か会議を重ねたが、そんなイベントに意味があるのか・・・などのクールな意見もあり、当初はなかなかまとまらなかったことを思い出す。
 
結局、須田春海さんと、山本コータローさん、そしてエコショップGAIAをやっていた私の3人が発起人となり、市民運動全国センターの事務所を間借りして発足した。3人のうち一番の若僧だった私はイベント担当をすることになったが、当時は「アースデイ」という言葉に認知度もなかったため、企画書を持ってあちこちかけずり回った。
 
インターネットのない時代だっただけに、情報発信するも思うように広がらず、個別に生協や環境NGOに口コミでイベント参加を呼びかけていった。また、代理店の関わらない手作りイベントで予算もなく、パンフレットの広告取りに、3人の独断と偏見で環境貢献度の高いと思える企業を選び、飛び込みでプレゼンテーションをして資金を集めた。その資金でコンサートの開催もできた。
 
そんなアースデイ東京イベント『アースデイ1990夢の島』は、空き缶を入場チケットにしたライブや様々な催し物を企画し、約3万人の人が集まった。当時はまだ空き缶回収がされていなかった時代。リサイクルの意識を人々に呼びかけるための画期的な企画だった。
 
今思えば、よくあんなことやれたものだと我ながら感心する。若かったからか、いや、ガイア(地球の女神)に動かされたのだろう。まさに「渦(うず)」だった。ボランティアも徐々に集まり、全国各地でもイベントが開催されることとなり、アースデイはやっと一つのムーブメントになり始めた。
 
イベント当日、東京は小雨が降ったりやんだりだったが、それでも盛り上がったアースデイのライブステージ。山本コータローさんの呼びかけで集まってくれた小諸等さん、かまやつひろしさん、庄野真代さん、三四郎withタオ、そして「いのちの祭り88」つながりで私が声をかけた南正人さん、アファ、他、多数のミュージシャンがボランティアで参加してくれた。そして、ステージ作りを手伝ってくれたボランティアスタッフの中には、当時、エコショップGAIAのスタッフでもあり、その後、アースデイ千葉の発起人となった東(ひがし)や、アースガーデンのナンベイ(鈴木幸一)、そしてGAIAの今の代表である清水もいた。
 
こうして、アースデイ東京のイベントも無事に成功し、市民運動をがんばってきた須田さんの組織力で各地のアースデイ情報が集約され、ミュージシャンのコータローさんの業界力で、新聞、ラジオ、テレビにも取り上げられ、日本初の『アースデイ』は、広く知られるものとなった。夢の島のイベント自体は、最終的に赤字となったが、発起人の3人で三分割し、なんとか帳尻もあわせた。私的には知力、体力、資金力共に出し切った感はあったが、アースデイが国民的イベントに成長したことを思うと感慨深い。
 
それから20年後の2010年のアースデイ、コータローさんと私は第1回目の話をしてくれと頼まれ、二人で代々木公園のステージに立った。その時、こんな話をした。
 
「アースデイ」がこれほどまでに大きなイベントになったことは嬉しいけれども、第1回アースデイの時に誓ったもう一つのテーマ『脱原発』はどうなったのかと。時代と共にこのイベントがメジャーとなり、多くのNGOや企業が関わり、そして代理店も絡んできて、参加者も増えたが、当初のテーマは薄れ、単なるお祭り騒ぎになってはいないか、と。実際、その年にメインステージで脱原発について強く言及したのは、私たちだけだったように思う。そして翌年の2011年、福島原発が爆発した・・・。
 
今年も「アースデイ東京」が、この土日に開催されている。「アースデイ」は私たちの生活のありようを考える1つのきっかけでしかない。ただ、震災前にはそれすらもコマーシャリズムに巻き込まれているように思え、違和感を感じたこともあった。現在、私は盛岡に住んでいるので、ネットでしか東京の様子を知ることができないが、メインステージでは第1回開催当時のテーマでもあった『脱原発』のメッセージが強くアピールされたことを知り、当時の関係者の思いがよみがえったようで、とても嬉しかった。
 
現在、須田さんは難病といわれる筋萎縮性側索硬化症(ALS)をかかえ、療養生活を送りながらも、自身のブログでその思いを社会に発信している。また、山本コータローさんは、「がんと共に生きる」ことを宣言し養生しながらも、脱原発や環境問題の啓蒙活動をしている。そして私は、岩手の地に住みつつ、日本各地の地域おこしやエコ事業に関わりながら、オルタナティブな社会をめざし、相変わらずアクセクしている。ちなみに私はこの日、花巻市の「やえはた自然農園」で開催されたイベントで、「地球の日」を味わっていた。

いまここがすべて、毎日がアースデイ、毎日が地球の日。ありがとう


| - | 14:44 | comments(2) | - | - |
こんにちは。
木村と申します。この時のアースディに参加させて頂いた「フェノミナン」というバンドをやっていた者です。FBでこちらのブログを見てコメントさせて頂きました。
このイベントを紹介する為に高田馬場でもストリートをやらせて頂き、TVの取材も受けました。
懐かしいフライヤーでしたので、思わずコメントいたしました。
アースディが日本にも定着した事、嬉しく思います。方向性については色々とあるとは思いますが、反響を呼んでいる事は確かであり、「アースディ」という言葉自体が浸透したのは、発起された方々のおかげだと思います。
今でも良い思い出となっております。ありがとうございました。
| kaoru kimura | 2014/04/22 4:24 PM |

覚えております、フェノミナンさん。その折はご出演ありがとうございました。その他でスルーしてしまい、申し訳ございませんでした‥‥。

アメリカでは1970年4月22日からはじまったアースデイ。1990年は世界規模になった年の記念すべき第1回。そして現在に至るまで、関わっていただいた皆さんに感謝です。

地球のために祈り、まつる、祭り。地球神の祭り

ありがとうございます〜
| ひのゆうさく | 2014/04/23 2:23 AM |










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